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2010年9月

2010年9月29日 (水)

2010年9月29日

今日はめでたい日なのです。
といってもかなり私的なもので申し訳ないのですが、親友さんのお誕生日なのです。
ひゅーひゅー!!

神様のプレゼントである親友の誕生日はあたしへのご褒美でもあるものでして、やっぱり嬉しいです。
そしてなによりも有難う!と。

肉の日。そんな時あたしは生姜焼きを大盛り食べ、今月末の目標まで2kgと遠のいてしまいました。
何やってるんだか。ぷふぅ。

いやーでも22歳で出会った彼も30歳を迎え、そりゃあたしも年取るわけですね。
うーん、怖いです。

でもとにかく世界中の精霊がお祝いして、たくさんの幸せが降り注ぎますように!

お誕生日おめでとうございます。

Glueck wuenche zum Geburstag!!!

2010年9月27日 (月)

卵酒

風邪っぴきになってしまったので、いっそう悪化しそうな冷凍睡眠のはなしは今度にしたいと思います。
久しぶりの風邪です。きっと疲労や気温の急な変化によるものだと思いますが、何年ぶりかというくらい久々に卵酒を作りました。
この頃一気に日本酒に目覚めたあたしにとって、卵酒とはとてもいい口実のもと、お酒が飲める!そして大好きな卵も食せる!という素晴らしいものです。
さっそく、日本酒を探し、鍋にいれ、卵をいれ、お砂糖少々。
できあがったものを部屋にもっていき、飲みました。が・・・まずい、というか濃い。。。
昔、飲んだ母親が作ってくれた美味しい卵酒とはほど遠かったのです。
水で薄めて、お砂糖をたんまり入れなくてはいけなかったのですね。
うーん、失敗。
きっと今回のことで卵酒から敬遠してしまいそうな極端なあたし。
でも風邪が治れば結果オーライだよ。うん。

そういえば、さっきパソコンで「はやくいきたい」と打ったら、「速く生きたい」と変換され、ちょっと苦笑してしまいました。どれだけ生き急いでるんだよ、と。笑
正解は「早く行きたい」なのに。
こんな誤変換はよくありますが、あたしのおうちの近くの「菊名」という駅は「きくな」と読みますが、これもなかなか変換されにくいのです。
「今何処?」と言われ、菊名をうちたいのに「聞くな」と変換され、それで時々送ってしまったことが・・・。
なんてね。でもこんなのはありふれている事でしょう。

さて。高校生以来の肌荒れに悩まされている千絵でした。
おやすみなさい。

2010年9月26日 (日)

苦労知らずは男子だけ。

おとぎばなしのお姫様たちはみんな苦労してますが、一方王子様たちは苦労知らず。
白雪姫の王子様は、散歩していたら箱の中に美少女がいて、キスしてそのままお持ち帰り。
人魚姫の王子様は、可愛い女の子にとても好かれて、その子の苦労もしらず、違う女の人と幸せに。
シンデレラの王子様は、舞踏会に可愛い子が来て靴忘れていって、従者に探させハッピーエンド。
美女と野獣は、まあ魔法にかけられ苦しみますが、屋敷に来た女の子に介抱され魔法がとける。
うーん、とても理不尽です。女の子はみいんな苦労しまくってるのに!!
ですが、ひとつの話だけは、全く正反対になるのです。
それは「眠り姫」
眠り姫は眠るだけ寝て、王子様は姫を助けるために猛烈に戦う。そして王子様が戦って魔法をといてくれたことで、眠り姫は目覚め王子様と結ばれる。
うーん、素敵です。王子様偉い!偉いぞ!!!
本来男子にはこうあって欲しいべきですね。笑
みんな苦労しなさすぎです、王子様。
だからこそ、あたしは眠り姫の王子様に賞状をあげたい!

さて。白雪姫の話ですが、王妃のねたみをかってしまったがために、毒林檎を食べさせられ眠ってしまいます。実際は林檎が喉につまって仮死状態。そして7人の小人が箱に入れて、嘆き悲しんでいるところに、王子様が登場。王子様のキスによって白雪姫は目覚めます。実際はそのキスのはずみで喉につっかかっている林檎がとれるとのこと。

本当に物語にすぎませんが、あたしは眠って目覚めたら王子様がいる、いや王子様が目覚めさせてくれるのであれば、毒林檎を食べる事は何の苦ではないのでは?と思います。幸せな未来を約束されていて、それまで眠っていればいいのなら、既にそれは毒ではないのです、と。
そしてその毒林檎を是非食べたいと、最近弱りつつあたしは思うのです。

あ、こんな話をしていたら冷凍睡眠を思い出しました。
『夏への扉』です。
次は冷凍睡眠の話をしたいです。

2010年9月25日 (土)

人肌恋しさ。

めっきり寒くなってしまって、切なさがましてきましたが、皆々様如何お過ごしですか。
春と秋が好きなあたしですが、秋はいつもナーバスになりがちな季節です。

こんなに一気に寒くなっていいのでしょうか。
このまま氷河期突入してしまったらどうしようと思ったりします。

人肌が恋しくなるこの季節。
なにか人肌ぐらいで、その感触が味わえるものくらい販売してくれてはいいのでは?
きっと寂しい男女に人気になるのではと思いますが。
でも男の人の腕だけが販売されても気持ち悪いし、なにかいい形があればいいのだけど、やっぱり代替品などないのでしょうか。

もう寒くなってきたので鍋したいです。
鍋奉行、鍋ダイエット。うーん、うなります。

なんかよくわかんなくなってしまった。
寒いのでお布団はいります。

おやすみなさい。

2010年9月24日 (金)

聖☆おにいさん

遅かれながら、つい先月兄に借りて読みました。
「聖おにいさん」
期待以上!では残念ながらなかったけれど(厳ちい。笑)、面白いです。
あたしはブッダにいさんが好みかな♩
螺髪っていうの?あの髪がくるくるって巻いてあるの。長い髪を丸めて頭につけてたら確かに重いよね。
あたしも今、人生の中で一番髪が長くって念願の腰までのロングになってきてるけど、まとめてお団子にしてると4時間くらいで肩こりがしはじめる、頭が痛くなる!髪って重さどのくらいなんだろう。それを頭だけで支えてたらそりゃ重いわな。って違う話になってる。笑 あ、巨乳の人が肩こりっていうのと同じかな??
ま、とにかく聖おにいさん読むとなんか癒されます。
神様もバカンスして、日本で生活してる。しかも立川!いいねえ。
あたしも実は風呂無しのアパートに次は住みたいと密かに思ってます。銭湯好きだし、若い頃しかできないし!でも銭湯が24時間営業だったら、即決なんだけどな。
って、また話がそれた。
兄との感想では、それぞれの宗教関係者がこれを読んで怒らないかなということ。
どれもタッチが軽くコメディーにかかれているし。
でも、あたしとしては、若い人に二大宗教を軽くでも知ってもらうのはいいことではないのかな、と思いました。あたしももっと知りたくなったし!

ってなことでちょこっとポップなネタをいれてみましたー

だって今の生活だと、あたしの思考やらを押し込んだものになっちゃうもん。
かなりジトーとした陰鬱な・・・。
うふふふふ。
それはあたしの求めているものじゃない!!

自分に負けないように頑張ります。

頭を豆腐に!

前回、次はポップな記事を!と約束してましたことをすっかり忘れておりました。
そっか、ポップか。
ということであらかじめ書こうと思っていた事をなんとかポップにしてみようと思います。

テーマは「頭が固いことは良くないです」とのことです。
頭を柔らかく、ということは常に思っていたのですが、最近忘れておりました。
ちょこちょこ最近、周りので納得もしくは理解できない状況に、気持ち悪くなっていたことがあり、元恋人で今は親友(このへんがあたしがうざい女である事が明確になります。笑)に愚痴ったところ、「理解しようとしなさい。頭が固いというのは良くない」と言われ、またもや自分にハッとしてぞっとしました。
あれほど頭が固くならないように、拒絶しないように、柔軟にと思っていたはずなのに・・・!!
うーん。怖いところです。
確かに最近のあたしは、自分の価値観やら思考を優先しまくって、まわりを厳しく見て拒絶まくってました。自分しか見えなくて、周りが見えなくなるのは良くないことです。
「他人に甘く、自分に厳しく!」これがモットーのひとつでもあったのに!
意外と真面目なあたしは、元来の潔癖さにより、まわりの行動を軽率だと断固否定していました。
どれだけ偉いんだよ。笑
でもそれはいけない事です。

あ、全然ポップじゃない。笑

まあ、ポップか否かは置いといて、否定目線はやっぱり、自分を狭めています!それは何よりも自分の為にならないとです。そう!自分の為にも、人の行動を理解するよう努力しなくてはいけない。そうです。その通りです。

なのでまず、頭を豆腐にしようと思います。
絹か、木綿か。でもつぶれたとき受け入れやすいのは木綿なんだけど、絹のほうがつるっとしてて気持ちいい。冷や奴や湯豆腐やサラダは絹、すき焼きや鍋(ものにもよる)は木綿です。
では、頭は・・・。うーん、絹かなあ。つぶしやすそうだし。

とにかく!明日からは否定や拒絶じゃなくて、頭を豆腐にしてみようと思います。
柔らかく柔らかく。
そう、きっとそれがいい!!

でもやっぱり恋愛において潔癖性のあたしは、いつまでたっても治らないでしょう。
未来はあるのか・・・。笑

まあ、まずは。
お豆腐です!

2010年9月23日 (木)

希望。

希望
①ある事を成就させようとねがい望むこと。また、その事柄。のぞみ。
②将来によいことを期待する気持。

だそうですが。
皆様、希望はお持ちですか??
最近重力に従うまま下に下に行っているあたしですが、一昨日めざましテレビの占いで、自分の星座である、魚座が栄えある1位を獲得しました。「今日は思い通りになる日です。」!!
運勢が悪かった日は鵜呑みにせず、一瞬で忘れるのですが、その日は素直に喜び希望を持ちました。が、何一つ思い通りなんていかなかったです。。

あ、やばい、今回の記事はそうとうネガティブになりそうなので、ご了承ください。笑

最近、希望を持てなくなっています。まあ不幸というか良くない事が続いていれば、次は幸福が来ると信じているあたしにとっては、ある意味希望なのかもしれませんが。
何一つ思い通りになるはずなんて、勿論ないのですが、やっぱり日々奮闘して生きていながら、良い事がないとやっぱりご褒美が欲しくなってしまうのが、人間というかあたしの性なのです。
でもこんなことをつらつら書いていても、なんだかんだあたしの一番の核の部分は希望で出来ていると思うのですが。
こんな、占いをそこまで信じていないあたしですが、来月ものすごい当たるという占いをしに熱海の方迄行ってきます!
人生において迷走中である25歳、必要ではないのかなと思うのです。
そんなのに甘えるのがおこちゃまかもしれませんが。
でもなんだかんだ言っても、「世界は自分の意志で出来ている」とあたしの学生時代の研究対象であった哲学者は申しております。
ので、あたしもそれを信じていたいのです。

なんてとても意思表示というべきか、きもい文になってしまいましたが。
今度はポップな文を書くので、ここはご愛嬌で許してくださいな。

2010年9月19日 (日)

新たな電力発電所とは。

何年か前に、あたしのあまりの情の強さに、「千絵の情の強さは六条の宮みたい」と言われたことがあります。六条の宮とは源氏物語に出てくる光源氏の恋人で、光源氏への思いが強すぎるがために、生霊となって光源氏の奥様を殺してしまうという実に怖い女の人です。あたしはその友人の言葉に、自らハッとなりぞっとしました。

そしてほとんどの嫌な意味での漢字は女篇にて成り立っていることは有名ですが、嫉妬もまさにそうです。
女の嫉妬ほど恐ろしく強いものは世の中にないですね。

ここで思いついたのは、女の嫉妬のパワーで電力を生み出したら、ものすごく地球はエコになるのではないか??ということ。
電力を作り出すものが枯渇してきていると聞きました。そうすると新しいものでの発電を開発しなければいけません。
きっとこれなら、ほとんどのことが電力でまかなえるようになるでしょう。それは地球温暖化防止にもきっとつながります。
原子力などの廃棄物の怖いものなどの電力ではなく、実に溢れ出さんとしているものすごいエネルギーからの発電です。

そうしたらきっとどれだけ女に嫉妬を抱かせることが出来るかという、男がその発電所のオーナーになるのではないでしょうか。故に、女泣かせの男ほど大儲けできる仕組みになっています。
手練手管の色男から、ナンバーワンのホストまで。
そして嫉妬の多い女を妻、恋人にしたサラリーマンやフリーターでも一攫千金が狙え、アラブの油田王レベルのお金持ちになれるのです!!
なんと画期的なのでしょう。

いつか、こんなことが開発される日が来ますように。
全くなにもないところにインターネットを作れる時代ですもの、いつの日かきっと嫉妬力発電所が繁栄するでしょう。
地球の温暖化の為にも、是非、女子の皆様、なみなみならぬ嫉妬と猜疑心をその胸に!!

2010年9月16日 (木)

食欲の!秋

すっかり涼しくなってしまって、世の中の移り変わりのはやさにちょっと戸惑い気味です。
こんな風を感じるとたいやきを食べたくなってしまいますね。なんて食欲の秋ですか。
あんこは大好きで、特に水羊羹がお気に入りです。また国は違えど、杏仁豆腐も好きです。
でも一番好きな食べ物は鯖。なんて美味しいのでしょう。
鯖の味噌煮、しめさば、鯖の煮物。焼き塩鯖。うーんいいですねえ。
食欲の秋の怖いところは、それが顕著に体重に表れるとこですね。
そのせいではないですが、やっと!1月から8kgくらい減らして順調にいってたものの停滞気味><
どして??体重がちょっとでも増えるとイライラするのは女性特有ですね。ふーむ。
できるだけ炭水化物と油ものを減らして、いっそう頑張ります☆

2010年9月15日 (水)

敬語とタメ語。

えー日々三浦しをん先生のようなエッセイから遠くなる、このエッセイですが。笑
やっぱり愛やら恋やらねちょねちょしたものがテーマになるのは人間の本質なのでは??と肯定してみたくもなります。すいまてん。
さて。今日はちょっとテーマを変えて、敬語とタメ語について。
この前電車にのっていて、ふと目の前の女の子2人組を見て思いました。
タメ語で気楽に話しているその風景。これが楽って思うのは一体いつからなのでしょうか??あ、このいつからというのは二人の関係性の問題ではなく、人間の歴史から考えてです。
あたしは中高の上下関係が激しい部活のおかげでなんとか敬語に慣れましたが、よく同世代より下で敬語が苦手という人に会います。苦手・・・。どういうかんじなのかな、と思いました。敬語は確かにタメ語より長いけど、それはちょびっとです。
「昨日焼き肉食べました。」
「昨日焼き肉食べた。」
誤差2文字。もし「食べたよ。」にしたら誤差1文字。
長さの問題ではないのでしょうね。きっと頭の中で転換するその面倒さなのではないのでしょうか。そして語彙の多さの必要性。
そう思うと、もし日本語に敬語しか存在してなかったら面倒も苦手もへったくれもありません。そしてもし敬語が日常でタメ語が時々だとしたら。とっても面白いかんじになるでしょうね。
そんなどーしようもないことを、向かいに座っていた同世代の女の子2人組を見ながら思っていたあたしはなんて暇なんでしょう。笑
でもあたしは敬語もタメ語も、そして恋人同士の言葉もどれも身軽に使い分けられるトリリンガルを目指します☆

あ、今回は恋愛ネタにならずにすんだ。笑

2010年9月13日 (月)

アムール

気恥ずかしい恋愛ネタばかりで申し訳。
なので今日はちょこっとお話を変えたいです。
題してアムールについて!

アムール(amour仏)
愛。恋。恋愛。

・・・いや。恋愛ネタではありませんよ?笑

ここで言いたいアムールとは、確かに恋神のことですが、アムールが住んでいる人間の話です。
あたしの好きな萩尾望都先生の『トーマの心臓』の主役トーマにもアムールが住んでいたと書かれています。
「あの子の中にはアムールが住んでいたんだ—それもきわめつけてきっと上等の それはもうそれだけで ふれた人間をしあわせな気持ちにせずにはおかないようななにかが」
そしてアムールとは書かれていないのですが、もういっこ似たような漫画の登場人物がいます。それは藤崎竜先生の『サクラテツ対話篇』に出てくる紀世能(きせの)。全てに愛される男と呼ばれ、その姿を間近で見た者は老若男女とわず心を奪われてしまうという。
あれ?あたしは勘違いをしていました。確か、誰からも愛される石を持っていたという風に書かれていたと思うのですが・・・。うーん、何処で読んだ本でだろう。
まあ兎に角、世の中にはアムールが住んでいたり、もしくは誰からも愛される石を持っている人間がいます。
あたしが今迄で、アムールが住んでいる人間だと思ったのは二人。
ひとりは高校時代の大事な友人で、もうひとりはかけがえのない人です。
その人たちは明らかに人を幸せにする何かをもっていて、みんなに好かれ愛されて、あたしにはきらきら何かが光っているように見えました。明らかに自分とは違うし、他の人とも違う。そんな人。
あたしは本当に素敵だと思います。
でもだからこそ、誰にも打ち明けられなかったりするアムールならではの悩みがあるかもしれない。
そう思います。
そして、アムールならではの罠は、アムールが住んでいる人を、そのままで感じていたいのなら適当な距離を保つことをおすすめします。
あたしは最初の友人は途中で親友になり、二番目の人は恋人になり、そうするとあたし自身からアムールは感じられなくなります。消えてしまったのかどうかはわかりませんが、感じることが出来なくなるのです。
きっとそれは憧れの人が、手に入った感覚と似てるんじゃないのかな。アイドルだった人が、一個人として親しくなる。偶像から生活にかわる、そんなかんじなのでしょうか。
勿論それを否定している訳ではないです。だってアムールが住んでいる彼らも人間なのですから。
身近な人となった場合、出来ることはただひとつ、全身で受け止めてあげることだと思います。
きっとアムールが住んでいる本人たちもたくさんの葛藤があると思う。だからこそその近くにいる人間はいつでも愛してあげなきゃいけないと思う。たとえそこにアムールが存在していなくても。
なんて、そんなこと思うのです。
・・・あれ、別にアムール攻略法を語りたかったわけではないのですが。笑
あたしが語りたかったのは、アムールという愛に満ち満ちて、誰もを幸せにして、誰もに好かれてしまう、そんな人がいるよってことだったのです。
あたしは今迄で二人しか出会ってないですが、これからきっともっと出会うと思います。
あ、でも25年で2人ってことは12年に1人かあ。うーん。希少価値。笑
ともかくアムールはあたしにとってはとても好きな言葉です。

ちなみに兄の住んでいるアパートの名前もアムールなんとか・・・。いいなぁ。
アムールまでとは言わないけど、あたしもチビドラみたいなかんじで、チビアムが住むようなそんな人間になれたらいいなと日々こっそりと思っているのです。

頑張れ!!

2010年9月11日 (土)

別に恋愛ばかりがすべてじゃないし、それを書こうとは思っていないんだけど、最近どうしてもそのネタが多くなってしまっていて、恥ずかしい。でもちょっと今タイムリーなので、書かせてください。
せっくすについてじゃないけど、やっぱり肌と肌がふれあうってとても幸せだし安心できること。
あたしは手をつないだり、抱き合ったりするのがとてもとても好きなんだけど、今日街を歩いていて、手をつないでいるカップルがとても微笑ましく感じました。
何も話さなくてもただ肌だけ触れていれば安心する。全て大丈夫って思える。体温って、ぬくもりって、人肌ってすごい。
もしアダムとイブが林檎を食べて、それから触れ合って肉体を感じてしまったのなら、それは決して間違いではなかったんじゃないかな。
あたしは今両方の手が解き放たれていて、でもだからこそつかめるものがあるって信じている。握ってもらいたくて、ずっと手を差し伸べていた時期があるけれど、それも違うところでぬくもりはもらっていたし、感じていた。でもどうしようもなく手をつなぎたい時がある。
清水邦夫さんの戯曲で手をつなぐことで僕の青春が君に流れ、君の青春が僕に流れるという科白があるという。なんて素晴らしいんだと思う。
手をつなぐこと、抱き合うこと、身体を重ねること、言葉がなくてもただそれだけでわかりあえる。そんな素敵なこと、きっと普段の生活だと忘れがちになると思う。でもまた触れ合える時が来るかわからないけど、あたしはその体温を決して忘れはしないと思う。そしてその時が来たなら、ずっと離しはしたくないなって思う。
・・・なんか心情がとても入った気持ちの悪い文になってしまいました。反省、反省。

2010年9月 9日 (木)

せっくすとは。

今日児童館に行く用事があって、そこの図書館を見ていたら、面白い本がいっぱいありました。
親には言えない悩みシリーズで、進路・勉強の悩み、とか、親・友人の悩みとか、いろいろなものがあったのだけど、あたしはやっぱり気になる性の悩みを手に取りました。
対象は小学生。
まず、気になる質問1。「おなにーってなんですか。」
お医者さんの答えは、きちんとその行為の詳細も書いてあったうえで、
「おなにーはわるいものでもなんでもないです。
あたまがわるくなるとか、そういうことはないです。
でも、それがたのしくなって、そのことばっかりかんがえて、
べんきょうや、ほかのことが、
手につかなくなるのはよくないことです。
また小学生のころはそれよりも
外で遊ぶほうが、けんこうてきだと思います。」
とも書いてありました。成る程。肯定も否定もせず、でも最後には真っ当に、教育書らしく普通の健康的な遊びを促すという模範解答です。
そして、やっぱり気になる質問2。
「せっくすってなんですか。」
この答えにあたしは感動しました。
勿論、その方法や理由とかが保健体育の内容から書いてありましたが、その先です。
「せっくすの目的はそれだけじゃなくて、安心しあうためなのです。」
!!!
こんなこと今まで言葉にならなかったです。
気持ちよくなりたいためが多いと思っていたけど、安心するためなんて。
その理由には、ちいさいころお母さんやお父さんに抱かれたりして、ほっとしたことありませんか。と書いてありました。
綺麗ごとかもしれないけど、なんて素敵なんだろうと思いました。
そして続きはこうでした。
「せっくすすると、もっとなかよくなれるし、おたがいのことがよくわかるし、やさしくなれる」
!!
この答えを書いた人はすごいなって思います。もし純粋にこれを書いているなら幸せなせっくすや恋愛をして来たんだろうな、と思うし、色々あったうえでこれを書いているなら、すごいです。
賛否両論あるかもしれませんが、確かにその通りですもん。
勿論気持ちよくなりたいっていうのはあると思う。
それが本能とか性欲とか欲望とかなんだけど、でも安心するし、もっと仲良くなれる。愛し合える。
あたしは恵まれたことにそういうせっくすしかしてこなかったから、特にこれにはうなずけました。
じゃあ出会ったばかりで一夜だけっていうのはなんなの?ってことになるかもしれないけど。
あたしは幸か不幸かこの経験はないのだけど、でもみんながみんな、やっぱり安心したいんじゃないかな。安らぎを求めてるんじゃないかな。
なんて、そんな正当化するのはおかしいですか?お子様ですか?
あたしだってもう自分が純度100%とは思いませんが、でもそう信じちゃいます。

子供の本ってあなどれない。そこに大人が忘れていた真実が書かれていたりする。
それを書いたのは大人だけど、きっといろんな思いとかと格闘しながら、今までの経験をふまえたうえで書いているんだろうな。
是非またこの本のシリーズを読みたいです。

恋。

いきなりこんなものを書くなんてちょっと濃いかもしれませんが、あたしにとって恋とは「執着」と「分泌液」だと思います。
執着ってどうしても外せないものだと思うし、これを愛とか恋とかと勘違いするのは多々ある事だと思います。もしくは同義語かもしれない。でも恋のはじまりは違うから、一概には言えないのだけど。
恋が時間が経つと束縛や管理になって、それが執着に変わる。執着に変わるともうなかなか抜け出せないし、綺麗なものではないかもしれないけど、それを愛だとおしつける。
みんながみんなそうではないかもしれないけど、あたしはそうです。特に「来るもの拒んで去るもの追う」タイプのあたしには欠かせないもの。うーん。
では分泌液とはなにかといいますと、やはり肉体でしょう。
精神だけの愛も勿論存在すると思うし、あたしも経験しました。
でも大体は肉体的に愛し合うのではないのでしょうか。
好きだから触れたいし、一緒になりたい。それは肉体を持って生まれてきたからには当たり前のことだし、ちっともおかしいことではないと思う。だからこそ、それが味をしめたり、またひとつになりたくて、分泌液や粘膜が恋と呼ばれるようになる。
そしてそこに執着が合体したら、それは見事な恋愛になるのでは??

エッセイとは。

エッセイ(essai仏・essay英)
①随筆。自由な形式で書かれた思索的色彩の濃い散文。
②試論。小論。
だそうです。ふーん。
でもおもったことをつらつらと書くのってなかなか出来ないから面白いかもしれないし、
ある意味自慰行為かもしれないけど、強制ではないからいいよね。
書いてみたかったし!!
なんて前置きいりませんか。
このデザインが可愛くて好き。
ちょっとあたし風ではないですか??

はじまりはじまり

ひょんなことから今回このページを手にする事になりまして、
せっかくなので今までやりたかったエッセイ的なものを書いてみようかなと思いました。
きっと誰も見つけないと思うのでひっそりとこっそりと。
日常的なことから精神的なことの思うところを文で綴って行けたらいいな。
目指すは三浦しをんのようなエッセイ。
いや、あんな面白くはできないけど。笑
文を書く練習と言う意味を含めて、はじめさせていただきます。
はじまりはじまり〜

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